2022年4月、不動産相続税に対する追徴課税をめぐる裁判で国が自身のルールである路線価の利用を否認する異例の判決を出しました。
路線価は不動産の相続税対策で重要な位置を占めるものです。今後、不動産の相続税対策はどう変わるのでしょうか?
この記事では、不動産の相続税対策の仕組みと事件の経緯をお伝えしたPart①に続いて、追徴課税が合法と判断された理由と背景を、不動産管理や相続税に詳しい税理士、ジーマック松木事務所の松木昭和先生に伺っていきます。
何も法を破っていない相続税申請が、なぜ追徴課税を受けることになったのか。その原因を探っていきましょう。
【目次】
1.不動産相続時の路線価評価は「合法」
2.追徴課税を認めた最高裁の判決理由
3.この事例が課税判決を受けてしまった背景
4.まとめ
【後半に続く】
Part③不動産投資で相続税対策するときのポイント
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1.不動産相続時の路線価評価は「合法」
まず押さえておかなければいけないのは、本来、不動産相続の際に路線価を用いて財産を評価することは全く問題ないということです。
それは以下のような理由からしても明らかです。
●路線価は相続税や贈与税を計算する際の基準として国税庁が算出しているもの。
●不動産は将来も実勢価格と同じ価値が維持されるとは限らない。そのため抑制的に評価する仕組みとして生まれたのが路線価である。
●実勢価格(購入価格)は購入した人による決定であり、相続人の意思は関係なく取り決められたもの。いくらで買おうが、思想および良心の自由、経済活動の自由など憲法によって守られている実勢価格を、購入者ではない人が支払う相続税の基準にするのは難しい。
●実勢価格との差が問題なのであれば、相続税対策としてよく利用されている三分割贈与(暦年贈与)※も、実勢価格と大きな差があるため同じような議論が必要となる。
※土地や建物を数年に分けて生前贈与する方法。一度に贈与する価格が低いほど税率が下がるため節税になる。
相続税・贈与税の現行ルールでは、実勢価格3000万円のマンションの評価額は1000万円。3年間の税金は75万程度。75万円の支払いで3000万円のマンションを贈与できる。
●不平等との判決だが、問題にすべき明確な基準(資産規模、購入時期、購入年齢の制限など)が示されていない。※2022年5月現在
●国税庁はバブル期に実勢価格を基準にした評価方法を採用して、憲法違反とされた過去がある。
このように、不動産相続時の路線価の利用は法に則った一般的なものですし、「実勢価格との差が大きすぎる」という事を問題にするには、まだまだ議論の余地があると考えられます。
2.追徴課税を認めた最高裁の判決理由
では、法を犯していないはずの今回の事例で最高裁が追徴課税を決めた理由は何でしょうか?最高裁の判決理由は以下のようなものでした。
相続税を不当に下げる意図があったと判断できる
物件購入時に融資を行った銀行の融資稟議書に「相続税対策」や「余命宣告」との記載がありました。
このことからも相続税対策のために不動産を購入したことは明らかでした。相続税を意図的に下げようとした分の免税は認められません。
実勢価格と評価額のかい離が大きすぎる
国が設定したものとはいえ、実勢価格と評価額との差が大きすぎたのも見逃せないと思わせた理由の一つでしょう。
実勢価格13億9000万円の物件が路線価評価では3億3000万円。10億6000万円ものかい離は、そうそうありません。
やり方が不公平
この事例は、お金があるからこそ可能だったやり方も問題とされたようです。
今回は、はじめに約10億の融資を受けて物件を購入し、相続時にその融資額が借金として差し引かれた結果、税金が免除されるという形でした。
<この事例の相続税評価資産の算出内訳>
その他資産6億+不動産(路線価評価額)3億3000万円-借金10億1000万円
=-8000万円
※相続税は財産がマイナスの場合は免除
「資産が豊富で銀行から借りられる人は節税できるが、融資が受けられない人は節税できない」という平等原則に反した手法も裁判所の心証を悪くした点でしょう。
これらの理由から、長嶺安政裁判長は「看過し難い不均衡を生じさせ、税負担の公平に反する」として課税処分は適法との判決を下しました。
相続財産等の評価の一般的基準を定めた財産評価基本通達6項には、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」との記載があります。
つまり、相続税の申告において財産評価基本通達にある路線価を用いても良いが、「看過しがたい不均衡」がある場合はその限りではないということです。
今回の事例は、違法行為ではないが、著しい不公平さが見られたため国税庁の判断が適当となったのです。
3.この事例が課税判決を受けてしまった背景
この事例が課税判決を受けてしまった要因は、裁判所の理由にある「看過しがたい不均衡」だけではなく、以下のような背景もあったのではないかと考えています。
修正申告(更生の請求)をして目立ってしまった
修正申告(更正の請求)をしたことも要因になったように考えられます。
更生の請求は「税金を安く直してほしい」という要求内容のため、認められないケースがほとんどと言っていいでしょう。
目立たない初回の申請で確実に通すことが重要です。修正申告は課税できる点がないか詳しく見直す機会を与えるようなものです。
金額が大きいため「やりすぎた節税」への見せしめにされた
この事例は実勢価格と評価額の間に10億6000万円ものかい離があり、相続税の申請額は0円です。
ここまで大きな額の節税は「やりすぎるとこうなるよ」という見せしめには最適でしょう。
相続人に明らかな資金確保の動きがみられた
路線価のような評価額の使用が許されているのは「合意形成された価格が出ないから」という暗黙の了解があります。
しかし、今回は相続人がすぐに売却したため、実勢価格と評価額の差が浮き彫りになり資産確保の動きが明確でした。意図的な税金逃れは徴税対象とされます。
4.まとめ
不動産を使った相続税対策で路線価評価を利用することは決して違法ではなく、一般的に行われています。
ただし、相続財産等の基準を定めた財産評価基本通達には「著しい不適当が認められる場合は国税庁で評価する」とあり、裁判所は明らかな不平等を理由に追徴課税を合法と判断しました。
また、今回の事例は、修正申告や金額の大きさで目立ってしまったこと、節税目的が明確だったことも異例の判決を受けた背景といえるでしょう。
【後半に続く】
Part③不動産投資で相続税対策するときのポイント